TANAKA DENSHI TWELVE #1

1番だけが生き残る 田中秀司が目指す“日本一の法則”

「たくさんあることより“1番があること”が重要」

それは経営の話であり、同時に生き方の話でもある。自然界も同じで、最も背が高い木が光を一番集める。通信キャリアショップという競争の世界で、日本一を目指す意味をお話ししました。

田中電子は何をしている会社か

まず、田中電子は携帯電話の販売代理店事業を行っている会社です。

具体的にはauショップ、au Style、最近ではUQスポットといった店舗を運営しています。現在の店舗数は46店舗で、北は岩手から南は千葉まで、東日本全域で展開しています。

通信キャリアショップ代理店は、かつては全国に非常に多く存在していましたが、現在は店舗数も代理店の会社数も大きく減っています。そのような環境の中で、私たちはKDDI(au・UQ)に一本化して取り組み、その中で日本一の販売代理店を目指しています。

「日本一」という言葉にはさまざまな切り口があります。販売台数なのか、店舗数なのか、従業員数なのか、見方はいくつもありますが、分かりやすい指標として店舗数で言えば、私たちは現在全国で8番目の規模です。

全国には約300の代理店がありますが、その中での位置づけになります。1位の代理店は100店舗を超えていますが、200店舗には達していません。明日明後日で追いつけるような話ではありませんが、目標として現実離れしているとも思っていません。射程圏内にあると考えています。

10年ほど前、私たちの店舗数は10店舗前後でした。そこから7〜8年で、約4倍の規模まで成長してきました。日本一を目指すと言い始めた当初は「何を言っているのだ」と思われていたと思いますが、今は単なる夢物語ではないところまで来ていると感じています。

田中電子の始まりは携帯ではありません

「田中電子」という社名を見て、少し古風だと感じる方もいるかもしれません。実際、田中電子は最初から携帯電話の販売代理店として始まった会社ではありません。メーカーとしてスタートしています。

創業者は、私の父である田中隆司です。父は、漁師向けの無線機をつくる技術を持っており、無線機メーカーとして会社を立ち上げました。当時、漁師同士のコミュニケーションは無線機が中心でした。魚を見つけたら味方の漁船に知らせたい。しかし、そのやり取りが他の漁船にも聞こえてしまうと、周囲に集まられてしまいます。

そこで父は、味方の漁船にだけ内容が届く仕組み、当時で言う「秘匿装置」を開発しました。この装置が評価され、事業として成り立っていきました。

その後、携帯電話が世に出始めた時代に、無線機と親和性のある技術として携帯電話の販売免許を取得し、事業を広げていったのが現在につながっています。携帯電話の販売に関わり始めたのは、1993年から94年頃だったと記憶しています。

現在は携帯事業が事業の中心です。人材系や法人向けの取り組みも行っていますが、いずれも携帯事業に関連する領域であり、事業としては一本に集中していると考えていただいて差し支えありません。

私自身について

私は二代目の経営者です。父が59歳で亡くなり、私が27歳のときに社長に就任しました。

現在36歳で、社長としては9年目になります。この業界の中では、かなり若い経営者にあたります。社長会などに出席すると、40代、50代が中心で、30代はほとんどいません。

一方で、会社自体は40年以上続いています。若い世代の価値観と、長い歴史の中で積み重なってきた考え方や文化が共存している組織だと感じています。

社員数は現在450名を超えています。規模の大小がすべてではありませんが、組織としての厚みは年々増してきています。

経営の状況について

経営が順調かどうかと聞かれると、単純に「順調です」と言い切ることはできません。ただ、成長はさせてもらっていると感じています。

直近の40期決算では、過去最高益を更新することができました。また、田中電子は40年連続で営業黒字を続けています。

これは私一人の力ではなく、創業者の時代から積み重ねてきた社員一人ひとりの努力の結果です。携帯電話業界は、一気に大きな利益を出すというよりも、積み上げを続けることが重要な世界だと思っています。

その一方で、携帯はインフラとして、今後もなくなることのない存在です。だからこそ、強くあり続けなければならないと考えています。

携帯電話業界について伝えたいこと

ここは、特に伝えておきたい部分です。

携帯電話は、唯一「個人に紐づくインフラ」だと私は考えています。電気・ガス・水道は世帯単位で契約されますが、携帯電話は個人単位で番号が付与され、口座と結びつき、継続的に料金のやり取りが行われています。国がマイナンバー制度を整備するよりもはるか前から、携帯電話は国民にナンバリングを行ってきました。

当たり前になりすぎて意識されにくいですが、これは非常に大きな仕組みです。キャリアという存在は、電波というインフラを提供しており、電気や水道と近い性質を持っています。そのため、キャリア事業がなくなることはないと考えています。

この業界を選ぶことは正解です

通信キャリアショップで働くことに対して、「大変そう」というイメージが先行しているのも事実です。しかし私は、新しく入社する社員に対して、最初にこう伝えています。

「この業界を選んで、大正解」

これは立場上の発言ではありません。理由があります。私は現在36歳で、これから先、30年、40年という時間をこの業界とともに生きていくことになります。その中で、なんとなくでこの業界を選ぶはずがありません。

そして、450名の社員と46店舗を抱え、この事業にワンベットしている以上、なぜそれが正解だと判断しているのかを説明できなければおかしいと考えています。

よく経営論では「三本柱を立てるべきだ」と言われますが、私は必ずしもそうは思っていません。たくさんあることよりも、「一番があること」の方が重要です。たくさんないから生き残れないのではなく、一番がないことの方が危険です。自然界でも、最も高く伸びたものが光を集め、生き残ります。

だからこそ、私たちは日本一を目指しています。一番になることが、生き残るためには必要だと考えています。


TANAKADENSHI TWELVEの第1回は、ここまでです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

次回以降は、会社のヒストリーや、携帯電話業界へのより深い考え、そして通信キャリアショップで働くことの価値について、さらに掘り下げてお話ししていきます。

話し手

田中 秀司

田中電子株式会社 代表取締役社長

1990年生まれ。田中電子の二代目社長。27歳で社長就任後、第二創業期を牽引し、46店舗まで事業を拡大。創業40年以上の歴史と若い価値観を融合させ、通信キャリアショップ代理店として日本一を目指す。

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